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    美しさを備えた鎌倉時代の名刀を追い求めて

    あなたの身近な場所に、日本伝統のモノづくりを守り続ける人がいることをご存じですか?
    へら浮子、節句人形、藤家具、篠笛、江戸蒔絵、とんぼ玉、美術刀剣、ちば楊枝、ちば黒文字楊枝・肝木房楊枝…。これはみんな、千葉県が指定する「伝統的工芸品」です。
    どれも、伝統的な技術によって作られていて、美的に優れているだけでなく、私たち日本人の日常生活や文化と深い関わりがあるものばかり。そんな、身近にある伝統工芸品とその製作者をご紹介します。

    古来より、刀剣は"武器"として使われてきた歴史がある一方で、日本神話において「三種の神器」の一つとされているように、宝物として扱われたり、日本人の精神性を象徴するものでもあります。

    国が指定して特別に保護・管理する国の宝「国宝」は、現在1,101点。そのうち工芸品は253点ありますが、その約半数を刀剣が占めていることは(文化庁発表2016年11月1日現在)、私たち日本人の歴史と文化に、深いかかわりがあることを物語っています。

    今回、ご紹介する松田周二さん(刀匠名・松田次泰)は、千葉県の無形文化財保持者で、その刀剣は、県指定「伝統的工芸品」の「美術刀剣」にも指定されています。
    現代では身近で見ることがなくなってしまった刀鍛冶。その世界の一端を取材しました。

    1_千葉伝統工芸日本刀

    取材は、まず、松田さんにより刀剣についてのレクチャーから始まりました。
    ひと口に「日本刀」といっても、作られた時代によって明確に区分があると、松田さんは言います。

    そもそも日本刀とは、反りのついた太刀(たち)のこと。これが、平安時代の後期から作られ始めたといわれています。 それ以前のものは、反りのない「直刀」と呼ばれるもので、突くことを用法としていたそうです。

    そして、平安末期から鎌倉時代を経て、室町末期までの日本刀を「古刀」と呼び、江戸時代初期から後期までのものは「新刀」。
    江戸末期から幕末、明治維新あたりまでのものが「新々刀」。明治から現在に至るまでに作られているものが「現代刀」と呼ばれています。

    2_千葉伝統工芸日本刀
    大学で講師も勤めている松田さん
    経験と深い洞察で刀剣を語る

    松田さんの作る刀は、時代から見れば「現代刀」に分類されます。けれど、目指しているのは、鎌倉時代の日本刀の再現。 これは、幕末の刀匠・水心子正秀(すいしんしまさひで)が「刀剣は鎌倉時代に帰るべし」とした復古刀宣言をして以来、すべての刀鍛冶の目標になっているのだと言います。

    しかし、まだそれを成し遂げたと認められた刀鍛冶はいません。なぜなら、誰も鎌倉時代の古刀の製造法を知らないからです。

    国宝(日本刀)の8割が鎌倉時代の古刀。その群を抜く価値の高さ

    3_千葉伝統工芸日本刀
    日本刀の美術的価値を決めるのは
    刃紋の美しさにあると言っても過言ではない

    すべての刀鍛冶が目指す鎌倉時代の古刀。
    その素晴らしさは、国宝に指定されている刀剣の8割が鎌倉時代のもの、という事実が物語っています。しかも、国宝だけでなく、重要文化財や重要美術品に指定されている刀剣もまた、多くが鎌倉時代のものです。

    そもそも刀は、「機能性」と「美術性」、そして「精神性」を兼ね備えたものです。その中で、特に「機能性」と「美術性」に優れたものが、名刀と呼ばれます。

    4_千葉伝統工芸日本刀

    刀にとっての機能性とは、「折れず、曲がらず、よく斬れる」こと。つまり、いかに切れ味がいいか、ということです。

    そして、刀の美しさとは、光に透かすと浮かび上がる刃紋や鉄の肌目の見事さを言います。
    西洋の剣や刀にはないこうした美しさは、砥ぎすますことで生まれる日本刀独特のものです。

    鎌倉時代の古刀の中でも、名刀と名高いものは、機能性はもとより美術性が両立しているのだと、松田さんは言います。
    切れ味という武器としての機能を備えながら、美術品としても高い価値がある。そうした名刀の条件を満たしているものが、鎌倉時代には多いのです。

    経験と勘だけに頼らない。科学も味方につけ、800年前の技術に迫る

    5_千葉伝統工芸日本刀
    玉鋼(たまはがね)を何度も鍛錬することで、わずかな不純物をも追い出し、より強度の高い日本刀にしていく

    長い日本刀の歴史の中で、もっとも高みにあるといえる鎌倉時代の名刀の数々。
    どうしたらそれを作ることができるのか。大いに考えた松田さんは、まず、材料に着目しました。

    日本刀を作る材料は、古来より和鉄と決まっています。砂鉄と炭を混ぜ合わせて作る玉鋼(たまはがね)は、錆びにくく粘りがあり、不純物が少なくとても純度が高いもの。
    この上なく上質な鋼材ですが、一方で扱いにくいという側面もあり、多くの刃物は洋鉄に取って代わられました。
    けれど、日本刀に限っては、和鉄以外で作ることはありません。

    6_千葉伝統工芸日本刀

    松田さんは、いくら扱いにくい材料とはいえ、失敗ばかり続いていた1本1本のデータを記録。材料のほんのわずかな違いからくる日本刀の仕上がりの差異をデータ化してみせたのです。

    データはそれだけではありません。作刀の工程のあらゆる場面で加熱温度や炭素量などを数値化していきました。
    何をどう変えたら、完成する日本刀が鎌倉古刀のような刃に出来上がるのか、試行錯誤の日々は続きました。

    しかし、一度、技術が絶えて30年たつと復活は不可能だといわれます。
    名刀を多く排出した鎌倉時代は、今から800年も前。理論的には、もう二度と鎌倉期の古刀は作れないことになります。

    7_千葉伝統工芸日本刀

    だからといって、チャレンジを止めることはありません。
    大学や製鉄所の研究所という科学の力も借り、松田さんは鎌倉古刀へと近づいていきます。

    データや科学だけで再現できるかといえば、答えは「ノー」でしょう。
    そこには、和鉄に対する知識や高い経験値、そして何よりもそこへたどり着くための深い精神性が必要となるはずです。松田さんの取り組みに、型にはまったゴールはありません。

    絵描きになりたかった学生時代。しかし、本物の刀剣に魅せられて

    8_千葉伝統工芸日本刀
    約1,300度に熱せられた玉鋼を大鎚で打って鍛接する
    切れ目を入れたら折り返し、また熱して鍛接、を何度も繰り返す

    松田さんが刀鍛冶を始めて40年余り。もともとは、画家を目指していたのだそう。
    北海道で生まれ育った松田さんは、夢を叶えるために上京し、その時初めて、本物の名画を間近に見たそうです。
    予備校に通いながら、美術館や博物館を巡る日々。画家への道に限界を感じ始めた頃、松田さんは日本刀に出会います。

    その美しさにひかれ、刀鍛冶の世界へ飛び込んだのは24歳のとき。
    人間国宝の刀匠・宮入行平氏の門下である高橋次平氏に弟子入りし、7年ほど修業を積みます。

    9_千葉伝統工芸日本刀

    31歳で独立を果たして以降は、ひたすらに、ひたむきに、鎌倉古刀を追究し続けてきた松田さん。今では、刀剣商が鎌倉時代のものと区別がつかないほどの域にたどり着きました。
    その日本刀を光に透かしてみれば、鎌倉時代とほぼ同じ刃紋が浮かび上がるのだと、松田さんは胸を張ります。

    いつか、その手から鎌倉期を超える刀が生み出される。そんな日が来る

    10_千葉伝統工芸日本刀
    刀を作るときの“作業着”は、神主と同じ袴姿
    神道に通ずる日本刀への敬意がこもる

    鎌倉古刀に限りなく近づいたからといって、松田さんの探究が止まることはありません。
    今、松田さんが作りたいと思っているのは、オリジナルの日本刀です。

    「鎌倉の名刀を解った上で、まったく新しい日本刀を作り上げる。そうでなくては、現代に生き、この時代に刀鍛冶をやっている意味がない」

    そう語る松田さん。作刀は「鉄と火の化学反応」だとも言います。
    納得のいく化学反応は、そう滅多には起きてくれないようで、2007年作の一口(ひとふり)を超える日本刀は、いまだ作れていないのだとか。

    11_千葉伝統工芸日本刀
    『大空のサムライ』で有名な元日本海軍中尉・坂井三郎氏に依頼されて作刀した日本刀

    美術的評価がつきにくい現代刀ですが、松田さんの作る日本刀は、今、少しずつ美術愛好家に広まりつつあります。

    古い刀にしか興味を示さず、「現代刀はつまらない」と言ってはばからない愛刀家も多いようですが、重要文化財クラスの「いい刀」ばかりを観てきた目の肥えた人たちであることも確か。
    そんな愛刀家たちが、松田さんの日本刀を評価し始めているのです。

    鎌倉古刀を追い続け、限りなくそれに近づいた松田さんの日本刀が、やがて、国宝に指定される。そんな日が来るのも、夢物語ではないかもしれません。

    (撮影) hiroki yamamoto
    (文) 伊藤佳代子
    この記事を書いた著者
    lilimo
    lilimo編集部
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