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    人に癒やしと安らぎを。照葉窯の窪田さんが陶器にかける魔法

    「焼き物なんかするもんじゃないですよ」。
    宮崎県都城市で「照葉窯」(しょうようがま)を営む窪田健司さんは、そう皮肉めかして笑います。

    それはきっと、窪田さんの陶器が大変な手間をかけて作られていることを物語る言葉。
    と同時に、彼の陶器作りに対する深い愛情がにじみ出た言葉に違いありません。

    1_霧島と照葉窯のビアカップ
    窪田さんが作る陶器のビアカップ
    鹿児島との県境にそびえる霧島連山をバックに

    決して豊かな陶芸的伝統に恵まれているわけではない、ここ都城。
    この地に生まれ、だからこそ自由な作陶を続ける窪田さんの陶器作りを追いました。

    独自のスタイルを模索した修行時代。その後、独立して全国区へ

    窪田さんが陶芸の道に入ったのは33歳のとき。
    もともとは写真学校を卒業し、宮崎で会社員として働いていたそうです。

    そんな生活が10年ほど続き、将来に行き詰まりを感じかけていた頃、陶芸家の瀧本清一郎氏と出会います。これこそが、窪田さんの陶器作りの始まりでした。

    2_照葉窯のコーヒーカップ
    たんぽぽ柄のコーヒーカップ
    量産品には出せない、何とも言えない温かみ

    瀧本氏の「南風窯」に“弟子入り”した窪田さんは、めきめきとその頭角を現します。
    窯で作業をする傍ら、みずから手がけた作品によって、「宮日総合美術展」「日本工芸会西部工芸展」「九州新工芸展」など、数々の賞に入選を果たしたのです。

    「雇われの身だったから、自分の作品なんか作ってる場合じゃなかったんだけどね」と笑う窪田さん。ですが、そんな苦労の日々があったからこそ、自身のスタイルを確立することに成功します。

    3_窪田健司さん
    作業中はぴりっとした空気を漂わせる窪田さん
    ひとたび陶器を離れればユーモアあふれる“お父さん”

    2000年には晴れて独立、宮崎県綾町に「照葉窯」を構えます。
    ここで催した陶芸体験が人気を博し、多いときは年間2,500人が訪れたこともあったとか。現在は故郷の都城に窯を移し、以前に比べればひっそりと、自身の作風を追求しています。

    “ひっそり”といっても、その作品が日陰に隠れたまま、というわけではありません。
    国立近代美術館の工芸担当者の目に止まり、それがきっかけでNHKの取材を受けたり(※註)、宮崎牛の専門店「銀座みやちく」に食器が採用されたりと、徐々に全国区への広がりを見せているのです。

    (※註)
    2008年、NHK BS2で放送されていた「器夢工房」に窪田さんの窯が取り上げられた。

    手間のかかる象嵌の技法。理想の陶器を作るためなら、それも惜しまない

    4_作業中の窪田さん
    「県内に私のやり方を真似る人は出てこないね」
    そう窪田さんは少し誇らしげに話す

    窪田さんの陶器がそのような評価を受けるのには、それ相応の理由があります。
    「照葉窯」の陶器は、とても細やかな技術と多くの手間をかけて、一つ一つ丁寧に作られているのです。

    その陶器を特徴づけているのは、「象嵌」(ぞうがん)と呼ばれる技法。
    象嵌とは、半乾きの陶器の表面を彫り、そこに異なる色の粘土を埋め込んで焼くことで、絵柄を浮かび上がらせる技法です。

    5_象嵌で描かれた冬木立
    シャープで切れ味のある象嵌の絵柄
    高い技術と手間が求められる

    素焼き前の陶器を扱う繊細さ、余分な土をきれいに落とす丁寧さ、粘土が乾く前に作業を終えなければならないスピード感など、高度な技が求められます。

    ところが、窪田さん流のこだわりは、この象嵌に取りかかる前から始まっています。
    まずは、成形を終えて半乾き状態の粘土を、サンドペーパーやスポンジできれいにならすのです。何度も何度も何度も…。
    そうしないと、成形の段階で付いていた細かな傷に象嵌の粘土が入り込み、余計な柄が出てしまうからだといいます。

    6_粘土に絵柄を彫りつける
    窪田さんの手先が生み出す繊細な絵柄
    当然、作品ごとにすべて表情が異なってくる

    それが終わると、ようやく絵柄を彫りつける工程へと進みます。
    ここは時間との闘いです。なぜなら、素焼き前の粘土は刻一刻と乾いていくため、一気に作業を終える必要があるからです。

    その場であれこれ考えている余裕はありません。
    細部のバランスは描きながら整え、微妙な力加減と一定のリズムで、一瞬のうちに絵柄を彫り切ってしまいます。


    次に象嵌の粘土を埋め込む作業。それに続いて、余分な土を落とす作業です。
    しかし、ここで問題が生じます。それは土を落とす過程で、どうしても新たな傷ができてしまうということ。

    7_余分な土を削り落とす
    余分な土を削り落とすと、
    埋め込まれた絵柄が浮かび上がってくる

    そのため、サンドペーパーやスポンジで再び表面をならします。何度も何度も何度も…。
    ここまで手間をかけることで、ようやく素焼き前の段階にたどり着くのです。

    8_表面をスポンジで繰り返しならす
    繰り返し表面をならして滑らかに
    すべては器を手に取る人のため

    素焼き後は、サンドペーパーで三たび表面を削ります。
    そのままでは表面にどうしても余分な土が残り、絵柄に曇りが出たり、持ったときの手触りが悪くなってしまうからです。

    こうしてようやく、窪田さんが満足する水準の、美しく滑らかな絵柄を出すことに成功します。
    あとは絵柄を避けて丁寧に釉薬を塗り、再び窯で焼いて完成です。

    9_完成した照葉窯のビアカップ
    ビアカップの内側には、あえて釉薬を塗らない部分を残す
    きめ細かい泡を出すための、これもまたひと手間

    世の中にある象嵌の陶器が、すべてこのように作られているわけではないでしょう。ここで紹介した手間のかかる工程が、すべて絶対に欠かせないものではないはずです。

    ただ、窪田さんは“そうせずにはいられない”のです。より美しく、より使う人の手になじむ陶器のために——。その職人としてのこだわり、そして気遣いこそが、何よりの“釉薬”といったら、少し大げさでしょうか。

    究極の癒やしと安らぎを求めて、今日も窪田さんは陶器に向かう

    10_冬木立の象嵌が施されたコーヒーカップ
    照葉窯を代表する“冬木立”の象嵌
    「こんな面倒なものを定番化したら大変やと思ったけど」

    こうして作られる「照葉窯」の陶器の多くには、象嵌の美しい絵柄が浮かび上がっています。
    特に代表的な“冬木立”のモチーフは、一見もの悲しい雰囲気を漂わせていますが、不思議と見ていてほっとする、静謐で温かみのある絵柄です。
    実際、「先生の器を見ていると心が落ち着く」と言われることも少なくないといいます。

    窪田さんは言います。「最終的には癒やしを求めているんでしょうね。使った人がほっと落ち着くような器が作りたいんです」。

    11_火を灯した茶香炉
    茶葉を温めて香りを楽しむ「茶香炉」
    美しく並んだ穴は、一つ一つ太さの違う道具で開ける

    思い返せば窪田さんが手がけているのは、コーヒーカップや茶香炉、ビアカップ、ミニ灯など、人がふっと肩の力を抜いて、緊張から解放される瞬間に寄り添う道具ばかり。

    そこには職人としてのこだわり以前に、窪田さんの人としての想いが垣間見える気がします。これこそが、「照葉窯」の陶器が持つ不思議な温かみの、一番の源なのかもしれません。

    12_窪田さんご夫婦
    奥さまあっての照葉窯
    夫婦二人三脚で営む、温かい窯だった

    「焼き物なんかするもんじゃないですよ」。
    そう語る窪田さんの目は、静かな覚悟と優しさにあふれていました。

    「照葉窯」では今日も、人に癒やしと安らぎを与える、魔法のような陶器が生み出されています。

    (撮影) 江上 真
    (取材協力) 照葉窯

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