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    きらめくガラスの美。日本の伝統美と西洋が融合した「グラスアート黒木」の未来への"息吹"

    1963年3月13日。集団就職のため上京した宮崎県(旧須木村)出身の一人の青年が、ガラスとの運命的な出会いをしました。

    夕日に照らされたカレット(ガラスくず)の山。
    ステンドグラスや宝石よりも美しい、ガラスの輝き。
    「ガラスって、こんなにキレイなものなのか」――。

    西洋の素材であるガラスに魅了された青年は、ガラス職人としての研鑽を重ね、のちに日本の伝統美と西洋のガラスとの融合を表現する、世界的なガラス工芸作家となります。

    この青年の名は、黒木国昭さん。
    現在、宮崎県綾町にあるガラス工房「グラスアート黒木」を主宰し、地元・綾町から世界へ発信する作品作りに取り組んでいます。
    1991年、ガラス工芸では初となる国の「現代の名工」に選ばれ、2006年には黄綬褒章(おうじゅほうしょう)を受章。その代表作品は海外の美術館にも所蔵され、全国各地で作品展も開催されています。

    日本の伝統美と西洋のガラスが融合した平成の美

    1_グラスアート黒木ワイングラス
    まばゆい華やかさで花を包み込む一輪挿し
    日用品にも伝統美を感じる装飾が施されている

    「グラスアート黒木」のガラス工芸品の特長は、なんといっても、国内外でその美術性が高く評価される黒木さんの作品群にあります。
    代表作の一つである「光琳」シリーズは、江戸時代の画家・尾形光琳を代表する「琳派(りんぱ)」が描く装飾美にインスピレーションを受けたものです。

    いく層にも重なるガラスの間に、金やプラチナ箔を散りばめた華麗な造形には、時代を超えて受け継がれる日本の文化、装飾美が見事に焼き付けられています。
    ガラスの透明感、一歩間違えばはかなく砕け散ってしまう緊張感、あでやかに配置されたきめ細やかなパーツ、雄大な自然を描画する大胆なデザイン…。それらが一つのガラスの中に融合したさまは、生命の"息吹"にあふれ、躍動します。

    2_グラスアート黒木ワイングラス
    黒木さんの代表作の一つ、花器「光琳」
    国内外の美術館に所蔵されるほか、皇室へも献上されている

    研鑽を積む中で出会った光琳の『紅白梅図』

    ところで、このようなすばらしい作品を生み出す黒木さんの原点は、どこにあるのでしょうか。

    上京して、ガラスとの運命的な出会いをした黒木さんは、「ガラスを一生のものとする」という強い決意と確信を支えに、ガラス工場で働いていました。
    時は高度経済成長期。できるだけたくさんの商品を提供するため、型を使ったオートメーション化による大量生産がメインの現場です。

    会社で先輩の仕事を盗みながら修行する中で、日を重ねるごとに「本当に将来やりたいことはなんなのか」「この素材を使って自分は何をしたいのか」と自問自答を繰り返すようになったそうです。
    大量生産システムからだけでは学べない、デザイン力、造形力、色彩、彫刻技術など多岐にわたる課題。自身に足りない技術を身に付ける必要がありました。

    3_グラスアート黒木ワイングラス
    国の「現代の名工」にも選ばれた黒木国昭さん
    リサーチと分析を積み重ね真摯にガラスと向き合う

    そこで仕事が休みになると、自身の感性を養うために、上野の森美術館や百貨店の美術画廊に通い詰め、たくさんの美術作品を見て回ったのです。
    ある時、東京国立博物館で開催されていた「琳派の旗手展」へ出かけた黒木さんは、尾形光琳の国宝『紅白梅図』(MOA美術館蔵)を目の前にし、動けなくなりました。

    大きな幹の根元から天を突き破るがごとく勢いよく出ている若枝。
    その若枝が花実をつけている。
    もう死んでしまうという老体の幹から次の世代へという雰囲気に満ち満ちているあの生命力あふれる作品の構図と間のとり方にたいへん感動し、また共感して、私は光琳研究に入っていったのです。

    それは、西洋の素材であるガラスとの出会いに次ぐ、日本の伝統美・文化との運命的な出会いでした。

    以後、黒木さんは一貫して「琳派」の装飾美を追求し、日本の歴史や文化を追い求め、浮世絵の葛飾北斎や歌川広重、「琳派の祖」ともいわれる画家・俵屋宗達の世界をもガラスで表現するようになったのです。

    一つ一つ手作りで制作されるガラスアート

    4_グラスアート黒木ワイングラス
    工房内の室温は夏には50度を超えるという
    ガラス作りには"化学"と"体力”が不可欠

    今でも創造性に富んだ作品を生み出す黒木さんは、一方で、約50人の弟子(社員)を率いる工房「グラスアート黒木」の代表でもあります。多くの弟子を育てながら、美術作品だけではなく、日常生活に密着した食卓や暮らしを彩る作品も制作しています。

    代表作「光琳」シリーズのデザインと同じ、金箔や銀箔を用いた、装飾美の美しいタンブラーや花器。
    キラキラと輝くガラス素材の魅力が詰まったワイングラス、ピアスやブレスレットなどのアクセサリー。
    淡い色表現を可能にしたガラスパウダーを優美にあしらい、故郷・宮崎の情景をイメージさせるオーシャンワイングラス。

    どれも、黒木さんのガラスと日本文化への想いが込められたものばかり。その想いを弟子の職人達が受け止め、共同作業で一つ一つ手作りしています。
    ガラス工芸という特性もあり、形状やデザインが同じものでも、一つ一つのサイズ、重さ、模様が多少異なり、世界に1つだけの作品になります。

    5_グラスアート黒木ワイングラス
    装飾を施すための、色付けされたガラスパーツ
    吹き竿に付け熱したガラスに、溶かし重ねる

    そもそもガラスの原料は一般的に、自然界にある、珪砂(ケイシャ)、ソーダ灰、石灰石を混ぜ合わせたものです。千数百度まで熱した炉で溶かしてドロドロにし、それを引き伸ばして成形することでガラスになります。

    鉄や銅、マンガンなどの鉱物を加えることで色が付きますが、輝きや光沢、色合いは材料の組み合わせ方によって様々で、すべて化学反応で出来上がるのです。
    「グラスアート黒木」では、ガラスパウダーや金箔、銀箔を使って、淡い色合いや華やかなデザインを表現しているのも特色です。

    6_グラスアート黒木ワイングラス

    24時間365日、火が灯る工房の炉

    「グラスアート黒木」には、原料調達からガラスの溶解、制作、加工までの工程をすべて一貫して行うことのできる設備があります。

    工房の中でもひときわ大きな設備は、原料のガラスを溶かす炉で、炉の温度は千数百度にもなります。
    24時間365日、炉にはずっと火が灯り、火が落ちるのは、数年に1度の窯の改修時だけ。火が灯ったままのほうが、火を落とすたびにまた温度を上げる必要がなく、経済的なのだそうです。

    7_グラスアート黒木ワイングラス
    原料のガラスを溶かす炉の温度は千数百度にもなる
    火が落ちるのは数年に1度の窯の改修時だけ

    溶かしたガラスは、「吹き竿」と呼ばれる道具の先にからめとり、片側から空気を吹き込んで形を大きくします。
    そして、くるくると竿を回しながら、手で形を整えていきます。作るデザインによって異なりますが、ガラスを大きくして、形を整えて、色付けや造形をし、また熱してガラスを重ね…その作業を繰り返して、だんだんと作品が出来上がっていきます。

    8_グラスアート黒木ワイングラス
    溶かしたガラスに様々な装飾を加えていく
    造形しては、再びガラスを熱して、を繰り返す

    溶けたガラスは、柔らかくて自由な素材です。
    でも一方で、熱したガラスを整えたり、さらにガラスを重ねて造形していくこと、化学反応を起こして思い描いた模様や色を表現していくには、ガラスへの深い洞察と知識、経験が必要になります。
    また、「光琳」シリーズの花器のように大型なものになると、何人もの弟子達とのチームワークで一つの作品を形作っていくことになります。

    こうしたガラス工芸品の制作過程は、時々、工房で行われる公開制作で見られるほか、壁の一部が取り払われた開放的な工房で、ふだんから見学できるようになっています。
    工房のすぐ近くにある酒造メーカー「雲海酒造」、「綾ワイナリー」などとともに、多くの見学者が訪れるスポットとしても人気です。

    9_グラスアート黒木ワイングラス
    形と模様が付けられたガラスは吹き竿から外される
    その後、ざらつきを整えて磨き上げの工程へ

    常識を打ち破った「綾切子」の開発

    最後にもう一つ、黒木さんの代表作の一つをご紹介しないわけにはいきません。
    それは「綾切子」の開発です。

    「切子」は、江戸時代後期に長崎へ伝来したガラス加工の伝統的な技法です。美しくカットされた幾何学模様が特徴的で、江戸切子や薩摩切子として知られています。

    10_グラスアート黒木ワイングラス
    "切子は1色"という常識をくつがえした「綾切子」
    世界で初めて多色で表現する切子を開発した

    薩摩切子は、NHK大河ドラマで有名になった篤姫の嫁入り道具の一つでもありましたが、幕末から明治に至る動乱期にその技術が途絶えてしまいました。
    しかし、1985年に始まった薩摩切子復元事業によって薩摩切子は復活したのです。各地のガラス職人や研究者によって成功したこの復元事業に、黒木さんも参画していました。

    そんな黒木さんが、工房のある宮崎県綾町の雄大な自然をイメージして、約5年の歳月を経て開発し、誕生させたのが「綾切子」です。

    11_グラスアート黒木ワイングラス

    世界的にも貴重で、日本最大級の照葉樹林を有する綾町。その照葉樹林の木の葉、木の実、木の花、年輪や木の温もりがデザインされた「綾切子」。

    もともと、切子には「外が1色で中が透明である」という"切子界"の伝統的な常識がありました。でも黒木さんは、綾町の照葉樹林という自然や文化を表現するためには1色では表現できないという想いを深め、ついに世界初の2色被(き)せ、3色被せの切子を開発したのです。

    「綾切子」は環境と照葉樹林の文化を表すメッセンジャーとして貢献し、2012年、綾町の照葉樹林は『ユネスコ エコパーク』として登録されました。
    ※日本で『ユネスコ エコパーク』に登録されているのは、綾のほか、志賀高原や屋久島・口永良部島、南アルプスなど。

    未来へと輝きを放つ「グラスアート黒木」のガラス工芸品

    12_グラスアート黒木ワイングラス
    東海道五拾三次 オブジェ「保土ヶ谷」<新町橋>
    広重が浮世絵で描いた世界をガラスで

    「グラスアート黒木」のガラス工芸品には、半世紀以上にわたって、ガラスと日本の伝統美と向き合ってきた、黒木さんの"ものづくり"のすべてが込められています。
    陽に照らされ、キラキラと輝くガラスの美しさに魅了された青年が、情熱を注ぎ、追い求めたガラスの世界。日本の伝統や文化を継承し、今、未来へと向かう輝きを放っています。

    (撮影) 江上 真
    (写真提供) グラスアート黒木

    【黒木さんの著書紹介】
    黒木国昭さんの著書『未来へつなぐ ものづくりの心』(どう出版)。
    子供時代のエピソードをはじめ、もの作りへの想い、働くことや家庭・教育のあり方など、特にこれからの日本を担う若者へ伝えたい、たくさんのメッセージが込められています。
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    この記事を書いた著者
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    lilimo編集部
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