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    たかが楊枝、されど楊枝。未来へつなぐ匠の技。隅々まで行き届いた芸術的実用品

    あなたの身近な場所に、日本伝統のモノづくりを守り続ける人がいることをご存じですか?
    へら浮子、節句人形、藤家具、篠笛、江戸蒔絵、とんぼ玉、美術刀剣、ちば楊枝、ちば黒文字楊枝・肝木房楊枝…。これはみんな、千葉県が指定する「伝統的工芸品」です。
    どれも、伝統的な技術によって作られていて、美的に優れているだけでなく、私たち日本人の日常生活や文化と深い関わりがあるものばかり。そんな、身近にある伝統工芸品とその製作者をご紹介します。

    楊枝(ようじ)と聞いて思い浮かべるのは、定食屋のテーブルに置いてある爪楊枝が一般的でしょう。けれど、同じ楊枝でも、職人が一本一本、心を込め、工夫を凝らし、手仕事で仕上げるものもあるのです。
    それほど丁寧に、こだわりをもって作られる楊枝とは、一体どのようなものなのか。見てみたい、と思いませんか?

    千葉県が指定する伝統的工芸品。その中に、職人の手によって生み出される楊枝がありました。
    「ちば黒文字楊枝」がそれ。制作をしているのは、千葉県千葉市に住む浮原忍さんです。
    浮原さんが手がける「作品」と呼ぶにふさわしい美しさと、「実用品」としての機能性を兼ね備えた楊枝を、ぜひ、ご覧ください。

    1_千葉の伝統工芸、黒文字楊枝
    浮原忍さんの手による「ちば黒文字楊枝」
    1本1本、こだわりをもって手作りされている

    大量生産された楊枝の味気なさにがっかり。それが、はじまり

    ちば黒文字楊枝とは、楊枝に黒の文字が書かれている…というわけではありません。「クロモジ」というクスノキ科の落葉低木を原料とすることから、そう呼ばれています。
    1600年ごろに誕生したといわれ、その歴史は400年余り。枝葉を蒸留した黒文字油はとても香りがよく、かつては香料として、化粧品や石けんなどにも盛んに使用されていたといいます。

    そんな黒文字楊枝を浮原さんが手がけるようになったのは、元々、茶道などに親しんでいたという下地があったから。
    茶道で利用される菓子楊枝が、機械で大量生産された工夫のない雑なものになっていくことに落胆。それならば、自分で作ってみようと思い立ちます。

    2_千葉の伝統工芸、黒文字楊枝
    職人さん特有のかたくなさを感じさせない浮原さん
    その柔らかな人柄と発想が、楊枝づくりにも表れている

    木工職人だったキャリアを持つ浮原さんにとって、楊枝の材料となる木も、道具となる刃物も、慣れ親しんだものでした。どう扱えばいいのかの知識もあり、木を削ることに対する技術もありました。
    しかも茶道にも精通していた浮原さんですから、どういった黒文字楊枝が必要なのか、具合がいいのか、分かっていました。

    実際、浮原さんが自分用にと作った黒文字の菓子楊枝は、人づてに茶道裏千家・千宗室の15代家元の奥様の手に渡り、その見事な出来栄えに奥様がいたく感動されたのだと言います。
    そのことをきっかけに、瞬く間に注文が殺到するように。気がつけば、黒文字楊枝の作り手として、浮原さんの名前は日本全国どころか、海外にまで広まっていました。

    大切なのは、材料と道具。だからこそ、妥協はしない

    3_千葉の伝統工芸、黒文字楊枝
    材料となる黒文字は、地元で調達
    木が冬眠をしてから伐採をし、3~5年寝かせた後で使う

    いい材料といい道具は、モノづくりに欠かせないものだと、浮原さんは言います。そして、職人に大事なのは、技術とともに、それらの良しあしを見極める目だとも。

    黒文字楊枝の材料であるクロモジは、日本全国の山野に自生しています。通常、2メートルほどに伸びるこの木を、まだ半分ほどの若木の頃に伐って楊枝にします。
    浮原さんが使うのは、地元・千葉のクロモジ。木が冬眠する時期を見計らって伐採します。さらに、その木をすぐには加工せず、3~5年寝かせて木の水分を取り切ってから使うのです。
    これは、楊枝に加工した後で、木が反ったり変形したりしないために必要なこと。木の特性を知っていれば、当然の準備なのです。

    4_千葉の伝統工芸、黒文字楊枝
    自分に合った道具。木に相性のいい道具
    早く、美しく、使いやすく仕上げるために、道具は選び抜く

    もう一つ、モノづくりに大切なのが「道具」。浮原さんは、納得のいく道具を作ってくれる鍛冶屋を探し、全国を巡りました。
    日本刀と同じ材料で作ることに始まり、様々な注文をつける浮原さんに、最初は職人魂を燃やし取り組んだ鍛冶屋も、最後には悲鳴を上げるほどだったとか。
    ただ切れ味がいいだけでなく、手に持ったときの重さ、刃の角度や長さ、すべてに一切の妥協なく合格とした道具だけが、最高の黒文字楊枝を作る浮原さんの相棒になれるのです。

    道具を変えながら、スイスイと木を削っていく浮原さんの姿は、実に楽しそう。どこにも余分な力が入っておらず、木片は黒文字楊枝という伝統工芸品に姿を変えていきます。

    5_千葉の伝統工芸、黒文字楊枝
    スーッと木を滑るように削っていく浮原さん
    むだのない動きで、1日200本もの楊枝を作ることも

    モノづくりにもっとも必要なのは心。使うことへの気遣いが工夫となる

    材料も道具も、いいモノを作るためには不可欠ですが、それ以上に浮原さんが大切にしているものがあります。それは、心です。

    浮原さんにとって、「働く」とは、「人」のために「動く」こと。
    だから、心がない、工夫がないモノづくりは認められないのです。
    いつ、どんな場所で、どんな人が、どんなふうに使うのか。そこに気遣いができなければ、いいモノは作れない、と浮原さんは断言します。

    6_千葉の伝統工芸、黒文字楊枝
    黒文字楊枝とひとくちに言っても、その姿は様々
    使う場面や人にふさわしい形に仕上げるのも浮原さんのこだわり

    使いやすく実用的。そうしたモノは、姿も美しいものです。
    例えば、刀を思い浮かべてみてください。歴史に名だたる「名刀」は、魅入られるといわれるほどの美しさがあります。
    今は博物館へ収められているそれらも、元は飾るために作られた芸術品ではありません。斬るために作られた道具だったはず。
    けれど、切れ味を磨きに磨いた結果、刀は、これ以上ないほどの美しさを放つことになったのです。

    浮原さんの作る黒文字楊枝は、そうした「名刀」に似ています。
    使う場面や人への気遣いが工夫となった、ひときわ美しい楊枝。手なじみがよく、使えば所作まで優雅に見えてくるから不思議です。
    多くの人を感動させ、ひきつけてやまない浮原さんの黒文字楊枝。そこには、心があり、工夫があり、気遣いがあります。

    7_千葉の伝統工芸、黒文字楊枝
    一本筋の通った凛々しさを感じる浮原さんの楊枝
    一つ一つ、手で削り上げた作品であり、商品でもある

    歌舞伎界を喜ばせた、150年絶えていた伝統の復活

    ちば黒文字楊枝とともに、浮原さんにはもう一つ、自ら手がける楊枝があります。それは、「房楊枝」。
    現在の歯ブラシの原型になったといわれるものです。

    7_2_千葉の伝統工芸、黒文字楊枝
    片方がブラシ状になっている「房楊枝」
    なるほど、歯ブラシの原型であることがよく分かる

    歯を磨くという習慣の起源は、紀元前500年ごろ、お釈迦様の教えだといわれています。
    日本には、奈良時代になって仏教の教えとともに伝わりました。
    当初は宗教儀式の一環として考えられていたため、歯磨きの習慣が庶民にまで広がるのは江戸時代になってから。その当時に使われていたのが「房楊枝」です。

    ブラシ状になっている部分で歯を磨き、逆側の尖っている部分で歯と歯の間をキレイにし、最後にカーブした柄の部分で舌を掃除する。楊枝と名がついていますが、房楊枝は実に便利で、効率的な歯ブラシだったようです。
    江戸時代の世相を描く浮世絵や歌舞伎にも房楊枝は頻繁に登場しています。ところが、その伝統は150年も前に途絶えてしまっていました。それを作る職人がいなくなったからです。
    復活させたのは、浮原さんでした。

    8_千葉の伝統工芸、黒文字楊枝
    浮原さんの手によって150年ぶりに復活した房楊枝
    そこに至るまでには、多くの時間と試行錯誤が必要だった

    現物が残っていないこともあり、房楊枝の制作は当初、雲をつかむような話でした。多くの文献を読み、調べ上げ、完成までに11年もかかったと言います。
    そうして復活した房楊枝に、歌舞伎界は歓喜しました。

    近年、演目の中に房楊枝が登場する場合、「房楊枝のようなもの」で代用するしかありませんでした。そこに現れた「本物」の房楊枝。
    歌舞伎界から熱烈なオファーを受け、浮原さんの作る房楊枝は、今では歌舞伎になくてはならない存在となっています。

    伝統は、守るだけでは続かない。「守破離」の精神も受け継いでほしい

    9_千葉の伝統工芸、黒文字楊枝
    浮原さんが蓄えてきた知識と技術と心
    そのすべてが、この一本に込められている

    千葉県から伝統工芸師の指定を受けた浮原さんは、最近、次代の育成にも力を注いでいます。
    材料である木に対する知識。道具となる鉋(かんな)や刃物へのこだわり。使うことへの工夫を欠かさないモノづくりの心得。そのすべてを、次の時代へと伝えていくことが、人のために動くこと。新しい働く意味だと考えているのです。

    けれど、自らの経験や技術をなぞるように受け継ぐだけではだめなのだ、と言います。
    伝統はただ守るだけのものではなく、時代に合わせて進化していくもの。それは、浮原さんの雅号でもある「守破離」が表しています。

    まず、基本を「守」り、やがてそれを打ち「破」り、形を「離」れて自分の形を作っていく。この「守破離」こそ、浮原さんの信条。
    そうして作り上げた浮原さんオリジナルのちば黒文字楊枝は、使うほどにそのよさが、美しさが、心に染む芸術的実用品です。

    10_千葉の伝統工芸、黒文字楊枝
    楊枝づくりは、畳半帖もあれば十分、と浮原さん
    けれど、その世界はあまりにも深いものだった
    (撮影) hiroki yamamoto
    (文) 伊藤佳代子

    黒文字工房
    住所:千葉県千葉市若葉区多部田町758-75
    電話番号:043-228-2120
    ※ご訪問の際は、3日以上前の10:00~17:00の間に電話でお問い合わせください。

    この記事を書いた著者
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